茨城寺社巡礼    041

加波山三枝神社本宮(桜川市真壁町) 制作:(一財)茨城県郷土文化振興財団


火渉り神事が行われ、厄難除け、身体保護の祈願がされる



祭神は、伊邪那岐命、速玉男命、事解男命





 

 
熊野信仰の影響を受ける

加波山は信仰の山
 加波山三枝神社本宮(かばさんさえなぎじんじゃほんぐう)は殖産の神として、また方位(ほうい)除けや商工業の神として古い時代から信仰され、雷除け、嵐除けの御利益もあることで知られています。配祀神の猿田彦命は交通安全、方位除けの信仰があります。
 祭神は、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)、速玉男命(はやたまおのみこと)、事解男命(ことたかおのみこと)です。事解男命は心願成就、家業繁栄をもたらす神として信仰されています。とくに烏からすは事解男命の使いで、事の吉凶を論ずる霊力をもっています。
 相殿として天神七代(高天原で生まれた神)・地神五代(葦原中津国で生まれた神)の大神、天津彦根命、建許可呂命(たけころのみこと)が祀られています。
 八雷神(やくさのいかづちかみ)は嵐除けと農耕作土の神として広く信仰されています。大雷神、火雷神、黒雷神、裂雷神、若雷神、土雷神、鳴雷神、伏雷神がそれで、伊邪那美命の死体より化生した神です。
そのほか、日本武命、稲荷大神、荒沢神、岩切神など祭神が多いこともあって、いろいろの祈願が行われるのが特色です。

かつては七三七の霊場
 加波山は霊場として天狗の流行した時代もあり、修験の山として信仰されてきました。山内及び里を含めて七三七座の霊場があり、鎌倉時代には神仏習合思想の影響により、熊野信仰の影響を受けました。矢ばね石、鬼のヒゲスリ、五行石、一の瀧などの霊場名があります。
 明治三十六年の『大日本名蹟図』に加波山の様子が描かれています。鳥居をくぐって階段の登り口の右が親宮拝殿、社務所です。階段を少し登るとゴマ堂、薬師神社、ケワリ石、親宮仮殿、親宮本社と続き、その上の右側に本宮本社があり、本宮仮殿、クマの飛び石、鏡石、天の御柱、神カヅ石があり、降りて行くと、出船、入船があります。
 元禄五(一六九二)年から行われている御分霊渡御祭は、一月七日から三月末日までに及ぶ神事で、先達によって、昔の真壁、西茨城、猿島、結城各郡内と栃木県芳賀、下都賀郡内を巡行してきました。神札として「奉修加波山供守護所」「加波山三枝祇神社御窟七百餘社拝禮神璽」などたくさんあります。昔は円鏡寺が別当だったので「永代加波山禅定之續 大別當圓鏡寺」など天狗をかいた御札も出されていました。

火渡りで厄を払う
 十二月二十二日の鎮火祭には、火渉り神事が行われ、厄難除け、身体保護の祈願がされます。燃える薪の上を素足で渡ります。薪は一坪半ほどの斎場に二十束ほどの粗朶そ だを重ね、それを燃やします。応永二(一三九五)年に源海大僧都が加波山修験道再興のときに始めたものといいます。
 そのほか、殖産祭(三月十五日、四月一日、四月五日)、例祭四月八日、鎮座祭(十月八日)、縁日(毎月八日、十八日、二十八日)があります。
 創建は日本武尊が東国征討の帰り、この地を通過したとき、神母山神社とし創建したのが始まりで明治維新までは神仏混淆で社僧もいました。 □加波山は信仰の山
 加波山三枝神社本宮(かばさんさえなぎじんじゃほんぐう)は殖産の神として、また方位除けや商工業の神として古い時代から信仰され、雷除け、嵐除けの御利益もあることで知られています。配祀神の猿田彦命は交通安全、方位除けの信仰があります。
 祭神は、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)、速玉男命(はやたまおのみこと)、事解男命(ことたかおのみこと)です。事解男命は心願成就、家業繁栄をもたらす神として信仰されています。とくに烏(からす)は事解男命の使いで、事の吉凶を論ずる霊力をもっています。
 相殿として天神七代(高天原で生まれた神)・地神五代(葦原中津国で生まれた神)の大神、天津彦根命、建許可呂命(たけころのみこと)が祀られています。
 八雷神やくさのいかづちかみは嵐除けと農耕作土の神として広く信仰されています。大雷神、火雷神、黒雷神、裂雷神、若雷神、土雷神、鳴雷神、伏雷神がそれで、伊邪那美命の死体より化生した神です。
そのほか、日本武命、稲荷大神、荒沢神、岩切神など祭神が多いこともあって、いろいろの祈願が行われるのが特色です。

かつては七三七の霊場
 加波山は霊場として天狗の流行した時代もあり、修験の山として信仰されてきました。山内及び里を含めて七三七座の霊場があり、鎌倉時代には神仏習合思想の影響により、熊野信仰の影響を受けました。矢ばね石、鬼のヒゲスリ、五行石、一の瀧などの霊場名があります。
 明治三十六年の『大日本名蹟図』に加波山の様子が描かれています。鳥居をくぐって階段の登り口の右が親宮拝殿、社務所です。階段を少し登るとゴマ堂、薬師神社、ケワリ石、親宮仮殿、親宮本社と続き、その上の右側に本宮本社があり、本宮仮殿、クマの飛び石、鏡石、天の御柱、神カヅ石があり、降りて行くと、出船、入船があります。
 元禄五(一六九二)年から行われている御分霊渡御祭は、一月七日から三月末日までに及ぶ神事で、先達によって、昔の真壁、西茨城、猿島、結城各郡内と栃木県芳賀、下都賀郡内を巡行してきました。神札として「奉修加波山供守護所」「加波山三枝祇神社御窟七百餘社拝禮神璽」などたくさんあります。昔は円鏡寺が別当だったので「永代加波山禅定之續 大別當圓鏡寺」など天狗をかいた御札も出されていました。
 
火渡りで厄を払う
 十二月二十二日の鎮火祭には、火渉り神事が行われ、厄難除け、身体保護の祈願がされます。燃える薪の上を素足で渡ります。薪は一坪半ほどの斎場に二十束ほどの粗朶そ だを重ね、それを燃やします。応永二(一三九五)年に源海大僧都が加波山修験道再興のときに始めたものといいます。
 そのほか、殖産祭(三月十五日、四月一日、四月五日)、例祭四月八日、鎮座祭(十月八日)、縁日(毎月八日、十八日、二十八日)があります。
 創建は日本武尊が東国征討の帰り、この地を通過したとき、神母山神社とし創建したのが始まりで明治維新までは神仏混淆で社僧もいました。
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