茨城寺社巡礼    039

長徳寺(つくば市) 制作:(一財)茨城県郷土文化振興財団


帰命山無量院長徳寺本堂


梵鐘は昭和四十三年に再建された

釈迦涅槃会、地蔵尊法会、釈迦誕生会など多くの行事がある
上人
 

 
かつては賑わった三夜尊
時宗の寺として創建
 帰命山無量院長徳寺(時宗)はつくば市谷田部にあり、健治年間(一二七五―七八)の創建と伝えられています。開山は下妻市の新福寺を開山した都阿知栄上人の弟子にあたる浄誉珠阿照光上人です。最初は遠見塚地辺(谷田部)付近に建立され、後になって、現在地へ移されました。
 しかし、明治二十六年一月、失火によって、地蔵堂と鐘楼堂を残し、すべて焼失しました。その時、寺の歴史を伝える古文書などが一切焼けたため、寺の由緒など詳細については不明です。
 その火災の際、本尊の阿弥陀如来像、脇侍の観音菩薩像、勢至菩薩像と開山の照光上人木像は残りました。その後、大正十年に本堂が再建されました。
 宝永七(一七一〇)年、村の人たちの寄進で鋳造された梵鐘は、第二次世界大戦中に供出させられました。現在の梵鐘は昭和四十三年に再建されたものです。今の鐘楼堂の柱は創建当時のものといいます。

遊行上人が本寺で客死
 長徳寺の本山は神奈川県藤沢市の清浄光寺(しょうじょうこうじ)で、遊行六十五代の尊光上人は全国行脚の時、本寺で遷化、ここに分骨し遺髪とともに埋葬されています。
 長徳寺に古文書の記録はありませんが、墓石によって寺の歴史を探ることができます。三十七世の覚阿良順和尚は宝永七年に梵鐘を建立しましたが、寂年は不明です。三十八世の相阿嶺応和尚は地蔵堂を再建し、享保十四(一七二九)年に亡くなっています。その後、五十五世の但阿良英和尚まで寂年がはっきりしています。五十六世から五十九世までの住職はそれぞれ、他寺に転任しています。

盛んな年中行事
 長徳寺の年中行事としては、次のようになっています。一月一日、歳旦法会で檀家が集まる新年の集いです。二月十五日が釈迦涅槃会、二月二十四日の地蔵尊法会、三月の春分の日が春の彼岸会、四月八日が釈迦誕生会で花見を兼ねて、多くの人が参拝に来ます。八月十三日から十六日まで盂蘭盆会法要が行われ、十四日が施餓鬼会になっています。
 九月は秋分の日を中心に一週間は秋の彼岸です。九月二十四日は秋の地蔵尊法会があります。十一月十七日は七夜法要を行い、同時に宗祖忌と開山忌も兼ねています。十二月三十一日は歳末法会で、除夜の鐘をつきながら新年を迎えます。また、毎月十日は墓清掃日としています。
 時宗は一遍智真(いっぺんちしん)(一二三九―八九)が開き、古くは時衆とも書きました。熊野信仰とかかわりが深く、一遍は文久十一(一二七四)年に熊野権現から極楽往生の啓示を受け、全国を遊行「南無阿弥陀仏決定往生六十万人」のお札を配り、布教には踊り念仏を広めました。そのことから、全国を布教する僧侶を時宗では、遊行上人といいます。

解脱寺(つくば市)(038)    NEXT工事中