茨城寺社巡礼    037

東福寺(つくば市) 制作:(一財)茨城県郷土文化振興財団


平成17年11月12日に法要落慶式を行いました




 

 

 
桜川霊場八十八カ所第一札所

平成の大修理行われる
 作蔵山東福寺といい、つくば市松塚にある真言宗豊山派の寺です。創建は慶長年間(一五九六―一六一四)で、乗海阿闍梨(じょうかいあじゃり)
が鎌倉の極楽寺から来て開基しました。
 本尊は地蔵菩薩で聖徳太子作と伝えられ、子安、子育てにご利益があり多くの人に信仰されてきました。
 この地域は桜川を隔てて斗利出、藤沢に接し、東は土浦に、南西は九重、北西は栗原に接しています。鎌倉時代以前は親王の所領で、武家時代には八田知家から土屋氏の所領となっていました。
 東福寺には本堂のほかに、正徳三(一七一三)年建立の仁王門(楼門)、天保五(一八三四)年創建で、大正六(一九一七)年に土浦の照願寺から移された大日堂、それに大師堂があります。これらの堂宇は、長年の風雨のため傷みが激しく昭和五十九年ごろ、修理のための建築委員会が発足しました。しかし、いろいろの事情で、再建が遅れ、平成十七年十一月十二日に法要落慶式を行いました。
 仁王門は二階建てで鐘楼を兼ね、梵鐘ぼんしょうが掛けられ、朝夕の時を告げ「万民豊楽」を祈りました。
 
仁王像は中禅寺から
 仁王門の両脇には仁王像(金剛力士像)が安置されていますが、明治維新の神仏分離の時、筑波の中禅寺から移されたものです。
 言い伝えでは、沼田(旧筑波町)から松塚岸までいかだに積んで、東福寺まで運んだので「流れ仁王」といわれています。
 この仁王像の胎内には木札と奉納経箱がありました。
大檀主左大臣征夷大将軍家光公御再営也御願満足奉造立式王金対力士一体作者
  相州鎌倉大仏師宗匠
  藤原法橋民部郷慶海
于時寛永第十癸酉充仲春良知足院主法印大僧都
         栄増
 敬白

 これは知足院の再興に徳川家三代将軍家光が寄進し、鎌倉の仏師慶海の仁王像が安置されました。それが寛永十(一六三三)年で、中禅寺の栄増が記録しました。「為祈祷二世安楽云云」ともあります。

此金剛力士筑波山安置有之處王政御一新神仏引分ニ相成候砌左請奉安置者也
于時明治三庚星十月入仏供養開眼導師東福寺三十二世法印宥高
 
 この木札は明治三(一八七〇)年、仁王像が東福寺に移され宥高により入仏供養の行われたことが書かれています。
 密迹金剛力士と火頭金剛力士を安置して、その威光に期待しました。中禅寺は現在、大御堂ですが、建造物や仏像はほかの寺に移され、仁王像が東福寺に残されました。
 大日堂は行屋こうやとして念仏講や青年会の集会所として使用されてきました。
 大師堂は天保五(一八三四)年、明光和尚によって四国八十八か所の写しとして東福寺桜川霊場八十八か所の第一番の札所です。
 私が前に東福寺を訪れたのは、昭和四十八(一九七三)年で茅葺の仁王門と大きな庫裏が印象に残っていました。



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