茨城寺社巡礼    034

北斗寺(つくば市) 制作:(一財)茨城県郷土文化振興財団


東洋の星占い寺として星祭りが行われる



護摩は、明けの明星の輝きが薄れてから、
再び輝き出すまでの十時間も焚かれる

 
本尊の妙見菩薩は北極星

星占いの寺として賑わう
 七宝山医王院北斗星寺といい、つくば市栗原にあります。創建は寺伝によると、弘仁十二(八二一)年ですが、何度か場所を変えて、万治二(一六五九)年、今の場所に再建されたとあります。
 北斗寺は、東洋の星占いの寺として、旧正月七日には星祭りが行われ、参拝者で賑わいます。護摩は、明けの明星の輝きが薄れてから、再び輝き出すまでの十時間も焚かれます。
 参拝者は土浦、取手、我孫子などからも見え、昔は道路の両脇に露天商が並びました。とくに、商売繁盛に御利益があるというので、商人の参拝が目立ちました。また、勝負事にも御利益があるといいます。
 旧七月七日は大般若(だいはんにゃ)が行われます。正月ほどではありませんが、小遣いに困らないとか、眼病が治るというので参拝します。昔は雨乞いも行われました。現在は進学祈願もあります。

本尊の妙見菩薩が御利益を
 本尊の妙見菩薩は、北斗七星の北極星のことで、二譬像、四譬像、竜等に乗っているものがあります。妙見菩薩は百済国(くだらこく)の王子の琳聖太子(りんせいたいし)が日本に伝えたもので、漢の黄文皇帝は星祭秘法をおさめ、田蚕培養、五穀豊穣、六育繁殖をしました。
 我国では皇極天皇(六四二~六四五)の正月、親しく北辰尊星を祈り、天地四方を拝みました。桓武天皇が山城に都を定めてから中世まで北辰妙見尊皇を祈願し、朝廷の行事となりました。
 北斗寺の妙見像は、亀に乗っていて、長寿を表現しているともいいます。妙見菩薩といいますが、仏像分類では、暦・天文をまとめた星宿部(せいしゅくぶ)に入ります。姿は童子ですが、形相は大人のようです。これは、子供がだんだん育っていくこと、そして、長生きであることを表わしたものです。像は甲冑(かっちゅう)をまとい、左の手には宝珠を持って、信仰するものには宝を与えるといいます。右の手には剣を持って、悪魔を退治するといいます。

文化財が寺の歴史を伝える
 県指定文化財が四点あるので紹介しておきます。
 「北斗寺仏儀次第」は縦十五・五㌢、横三百十五㌢。四巻で、真言密教に関する様々な儀式の順序や作法について書かれています。作成は室町時代といいます。
 「後奈良天皇歌切」は紙本墨書の掛け輻装で後奈良天皇の宸筆と言われ、楮(こうぞ)紙系の無地の白紙に「如是我聞」「無有魔事」の題で和歌が二首ずつ四首か書かれています。
 「絹本著色興教大師画像」興教大師覚鑁(こうぎょうだいしかくばん)は平安時代後期の真言宗の僧で、根来寺を建て新義真言宗を起こしました。本画像は天蓋(てんがい)の下に大師が法衣・袈裟を着け、両手を胸前袖内で印を結び、礼盤の上にすわっています。
 「絹本著色黄不動明王像」は鎌倉時代末の作とみられています。黄不動はその風貌や姿態が普通の不動像とは違っています。左手に羂索(けんさく)、右手に利剣を執って、真正面向きに虚空をふんまえて立つ、筋骨たくましい不動尊です。

常陸国総社宮(石岡市)(033)    NEXT工事中