茨城寺社巡礼    031

金村別雷神社(つくば市) 巡礼者 今瀬 文也


雨乞い、豊作の神として信仰され日参、月参、年参があり、講も結成されてきた


 

   



 
雷を神格化した別雷大神

関東三雷神として有名
 別雷神社はつくば市上郷にあり、関東三雷神の一つに数えられ、昔から雨乞い、豊作の神として信仰されてきました。日参、月参、年参があり、講も結成されてきました。とくに、春、秋の大祭、新年には多くの参拝者があります。旧郷社で灯籠に講中の名が見られます。
 祭神は別雷大神(わけいかづちのおおかみ)で、雷を神格化したもので、鳴神、雷電様ともいわれ、輪のように連ねた小太鼓を背負い、手にばちを持った鬼の形に描かれています。
 御利益としては豊作、家内安全、商売繁盛、交通安全、雷除け、厄除けなどがあげられ、そのほか、初宮参り、七五三参拝も盛んです。一月一日は十一月二十六日から睡眠中の大神が目覚める日です。
 この中で春の大祭(旧三月十五日~十七日)は、昔から「お雷まち」といわれ、各家庭では赤飯や草餅を作って祝い、夏の雷による慈雨の降ることを願いました。雷神まちともいい、雷から身を守ることも、もちろん雷神様がしてくれると信じてきました。秋の大祭は豊年を祝って十一月二十三日に行われます。この日、神楽殿では稚児舞と竜神舞が奉納されます。
 最近は落雷が多く、雷には特に注意しなければと思う人が多くなっています。雷の語源は「神鳴り」という説や、竜が聖天して雷になったともいいます。昔は雨が降らないと雨乞いをしました。雷神様から水を受け、ムラに帰り、その水をまき、太鼓をたたき、雨の降るのを待ちました。
 雷除けとしては、蚊帳の中に入ったり、節分の豆を手に持ったりしました。また、雷がなっている時、子供が臍(へそ)を出していると、雷に臍を持って行かれると親にいわれたものです。

本殿は宝永五年の建立
 金村別雷神社の創建は承平元(九三一)年に豊田家の先祖の豊田四郎政幹が西京上賀茂別雷神社の分霊を守護神として、この地に迎えたことからはじまったといわれ、常陸、下総、武蔵の人々に信仰されてきました。豊田氏は、天正六(一五七八)年、多賀谷氏に滅ぼされ、金村雷光山明光院が明治初年まで別当となっていました。
 現在の社殿は宝永五(一七〇八)年にチョウナ始め、正徳元(一七一一)年に上棟したものです。一間社流造、柿葺でつくば市の文化財に指定されています。
 本殿には建物保存のため、上屋に覆われています。天保二(一八三一)年に改築したものです。拝殿は明治十二(一八七九)年に再建されたものです。
 境内社として、養蚕神社、科戸辺神社、鹿島神社、八幡神社、貴船神社、須賀神社、身代神社、厳島神社、稲荷神社があり、本殿裏にある間口七間、奥行一間の社殿に安置されています。その右側には嘉永二(一八四九)年、建立の松尾大明神碑があります。
 神様は超能力を持った神様(神社の祭神)と人が死んで神になった霊魂、草木などに宿る精霊があります。境内社はそのほとんどが独立した神社で、その分霊を祀って、本来の祭神の持っていない御利益を得る目的もあります。
 本社はお姿掛軸をはじめ、多くのお守りを授けています。


本殿には建物保存のため、上屋に覆われている。
天保二(一八三一)年に改築した

清瀧寺 (土浦市)(030)    金村別雷神社 (つくば市)(032)