茨城寺社巡礼    027

大覚寺(石岡市) 巡礼者 今瀬 文也


コバルト色の屋根瓦が周りの景色と似合い美しい本堂





どの角度から見ても、裏表がないので、「裏み無しの庭」

 
親鸞ゆかりの浄土真宗の寺
庭園の景観抜群
 板敷山大覚寺といい、旧八郷町大増にある親鸞ゆかりの浄土真宗の寺です。大覚寺の創建は承久三(一二二一)年で、後鳥羽上皇の第三子周観(しゅうかん)大覚(たいかく)の創建といいます。   
 最初は山のほうにあり、明円寺といっていましたが、天明二(一七八六)年の夏の山津波で、本堂は八百㍍下に流されました。その後、現在地に再建されましたが、安政元(一八四五)年の正月に焼失、現在の本堂は慶応二(一八六六)年の建立です。
 本尊は阿弥陀如来像です。境内は五千五百十一平方㍍で、自然の美しいところです。庭園は回遊式庭園の様式をとり、桂離宮の庭園を模したものといわれ、どの角度から見ても、裏表がないので、「裏み無しの庭」といいます。とくに、茅葺屋根の書院から眺めた、庭園の景観は特別です。庭園は石岡市の名勝に指定されています。
 四季の移り変わりによって、カキツバタ、モミジ、シュロ、寒山竹、黒竹など珍しい植物が人々を楽しませてくれます。 
 二〇〇二(平成十四)年に八郷町認定保存樹(現石岡市認定)になったヤブツバキ(藪椿)は樹高十三㍍、樹齢は五百年といわれています。二月から四月にかけて枝先に径五㌢の花が咲きます。
 「秋のねや祖師もかような石枕」という一茶の句碑が境内にあります。
 寺宝としては県指定文化財の「弥陀名号」と「妙法蓮華経」があります。
 「弥陀名号」は縦六十四㌢、横十六㌢で絖絹様のものに、金糸で刺繍したものです。伝承では、法然上人の書を恵心尼(えしんに)の刺繍したものと言われています。
 「妙法蓮華経」は、長さ十㍍、幅二十六㌢の横巻物、紺紙に銀泥の罫線を引き、その中に、経文が金泥で書かれています。書体は楷書です。巻頭には浄土図があり、阿弥陀如来を中心に諸仏が描かれています。筆者は不明ですが、貴重な文化財です。

有名な親鸞と弁円の伝説
 大覚寺は「親鸞聖人関東教化中法難の遺跡」として、有名になっています。いわゆる山伏弁円(べんねん)と親鸞の伝承です。謡曲「板敷山」は次のように歌います。
 「是は常陸の国板敷山の麓に住居する、弁円と申す山伏なり。さても近頃都より、親鸞といへる法師来たり、易行(えきぎょう)念仏をもって衆生惑はし進むるにより、愚痴の老若我もとその法になびく事、水の低きにつくが如し。かくては我が修験道の障(さわり)なれば、彼の法師を追失はんが為、同宿の面々此十七ケ日、板敷の山上にての呪咀(じゅそ)法を行ひ、既に満願に及ぶといへども、其のしるし更になく候間、なほも談合せばやと存知候」
 弁円は親鸞の布教する浄土真宗により、自分の修験道場のさびれていくのを悔しく思い、承久三(一二二一)年に板敷山に待ち伏せしたというのです。結局、親鸞の徳さに敬服し、自分の弟子三十人を連れて、親鸞に帰依したといいます。弁円は常陸大宮市に法専寺、那珂市の上宮寺を創建し、名を明法としました。
 板敷山には弁円の護摩壇石、待伏山、弁円懺悔(ざんげ)の場があります。また、境内には親鸞の説法石があり、その伝説を伝えています。

親鸞の説法石
 


八坂神社 (土浦市)(026)    善光寺 (石岡市)(028)