茨城寺社巡礼    024

一ノ矢八坂神社(つくば市) 巡礼者 今瀬 文也


一の矢の天王様として有名




彫刻の豊かな建築物




県の天然記念物に指定されている大ケヤキ

 
本殿は彫刻の豊かな建築物

ニンニク祭として有名
 筑波研究学園都市のほぼ中心の玉取にあり、一の矢の天王様として有名です。境内は杉やケヤキが茂り、その中に県の天然記念物に指定されている大ケヤキがあります。樹高二十五㍍で樹齢は八百年を越えているようです。
 市ノ矢の天王は、県内はもちろん、関東一円から信仰され、例祭には多くの参拝者で賑わいます。
 創建については伝説があります。大昔、九州からカラスが飛んで来て、田畑を荒らし、村人は困っていました。そこで、これを退治しようと天に向かって矢を放ち、第一の矢で射落とした所に、建立したのが、一ノ矢の八坂神社です。
 当神社の祇園祭は毎年、旧六月七日で、ニンニク祭とも呼ばれ、境内にはニンニク市が立ちます。ニンニクが病厄難除けのお守りとして信仰されています。
 ほかに家内安全、厄除け、海上安全、交通旅行安全、商売繁盛、豊作大漁、心眼成就、進学などの祈願が行われています。
 ニンニクの苗を祭神の素盞鳴命が朝鮮から持ち帰って栽培した名残で、ニンニクの臭気が疾病を退散させるという伝承をもっていて、諸病除けには格段の御利益があるといわれています。
 ニンニクは清祓祈祷され霊蒜(れいさん)として、参拝者に配布、家の玄関や入口にさげ、疫病が入らないようにします。

疫病除けとして広く信仰
 本殿、瑞花双鳥八稜鏡(ずいかそうちょうはちりょうきょう)は県指定文化財に指定され、社宝になっています。
神社の創建は貞観元年(八五九)で山城国愛宕郡(京都)の八坂神社から素盞鳴命を病難除け、海上安全の守護神、振武教の祖神として勧請したのがはじまりです。
 天慶年中(九三八~四七)には藤原秀郷が弓矢を奉納し、八田知家以来、小田家などが崇敬し、ますます発展し、現在も多くの人たちによって信仰されています。
 永禄(一五五八)より天正(一五七三)年の初めにかけ戦乱があり、社殿が炎上、文禄年中(一五九二~)村人により再建、延宝四(一六七六)年、領主の堀東市正通周が改めて造営しました。宝永八(一七一七)年には堀隠岐守利寿が拝殿を建立しました。

彫刻の見事な本殿
 本殿は、一間社流れ造り、柿葺、柱・長押(なげし)・羽目板に地紋彫りがあり、彫刻の豊かな建築物です。特に、羽目板に描かれた九頭龍の浮彫は見事です。
 大工の名として小倉十郎衛門重久・三田四郎兵衛など十一名が書かれています。しかし、彫物師の名は見られません。
 この本殿は慶応三(一八六七)年建立の覆い屋の中にあるので、破損もなくよい姿で保存されています。
瑞花双鳥八稜鏡は、径が十㌢の白銅製で、上に鳳凰が配置され、下には瑞花が置かれているすぐれたものです。

祇園祭は夏の風物詩
 境内には稲荷神社と天満宮があり、元旦祭、節分祭、五六祭(五月六日・無病息災祈願)、九六祭(九月六日)などがあるが、旧六月七日の祇園祭が最も賑わいます。
 天王信仰は素盞鳴命と牛頭天王が合体したもので、八坂、素鷲、須賀神社と呼ばれ、県内に百四十五社ほどあります。その祭を祇園祭といい、この一ノ矢の祇園祭を最初に県内各地で、夏祭りとして山車や神輿を出して盛大に行われ夏の風物詩になっています。

ニンニク祭りとして、境内にはニンニク市が立つ

善応寺 (土浦市)(023)    宝積寺 (土浦市)(025)