茨城寺社巡礼     009
妙法寺(桜川市) 巡礼者 今瀬 文也


本尊の地蔵菩薩
         ミイラと摺仏で有名

 合併前の西茨城県岩瀬町本郷にあり、秋山しゅうきょうざん地蔵院と号している。本尊は地蔵菩薩。寺伝によると、延暦年間(七八二~八〇六)、下野国(栃木県)の大慈寺の住職であった広智(こうち)が上野原地の草庵に休み、そこにある立派な仏像を発見、晶屋精舎(あきやしょうじゃ)と改め布教に努めた。

 天安年間(八五七~五九)には、慈覚(じかく)大師円仁が滞在、自作の地蔵菩薩を安置、庵の名を阿炬那摩山顕法幢園(あきやまさんけんほうどうえん)とした。このことから、妙法寺の開山は慈覚としている。慈覚は延暦十三(七九四)年に下野国(栃木県)に生まれ、貞観六(八六四)年に死去した。慈覚は十五歳で最澄に師事し、唐に渡り、天台宗三代座主になり、関東、東北にたくさんの寺院を建立した。

 その後、慈覚の弟子亮珍りょうちんが阿幾那摩山十輪院妙法教寺(あきやまさんじょうりんみょうほうきょういん)と改名。寛治年間(一〇八七~九四)には藤原範明の帰依によって整備され、寺名も現在名になった。その後、兵火にあい、元亀年間(一五七〇~七三)に現在地へ遷った。
 正徳二(一七一二)年には山門、弘化年間(一八四四~四七)には九間四方、総けやきの本堂が建立された。

 貞享三(一六八六)年、住職の舜義(しゅんぎ)が生きたまま石棺に入って成仏、ミイラになった。現在、ミイラ本堂に安置されている。なお、寺宝として摺仏すりぼとけがあるが、本尊の胎内から出たものである。
 摺仏は平安時代末期から流行し、版木に彫られ、紙に刷られたお札のようなもので、仏像などに入れられることが多かった。一版木一像だが、数十像描かれているものもある。摺供養といい、死者供養、病気平癒が目的であった。
 妙法寺の行事は一月三日の元三大師護摩供、一月十四日の開山会、四月八日の花祭り・四天王護摩供がある。


本2階は鐘つき堂になっている

         


徳境内にはたくさんの石仏がある。本堂は1998年に再建された



内陣前の欄間に飾られた彫刻群
神龍寺 (土浦市)(008)    NEXT工事中