茨城寺社巡礼     006
願入寺(大洗町) 巡礼者 今瀬 文也


本尊は阿弥陀如来像

         如信開基・光圀公が保護

  原始真宗の大本山で岩船山という。親鸞聖人の本願寺二世の如信にょしんの開基で、はじめ奥州白河郡大網村(福島県東白川郡古殿町)に草庵を結び、奥の御坊といわれ、布教に努めた。ところが、文永三(一四四六)年、八世如慶(にょけい)の時、兵火にあい焼失。常陸国大根田(常陸大宮市・旧緒川村)に移った。十二世の如正(にょせい)の代には久慈郡久米村(常陸太田市・旧金砂郷町)に移り、太田城主佐竹氏の寄進があった。

 延宝五(一六七七)年、十五世如高(にょこう)のとき、徳川光圀から寺領三百石と年々黄金二百貫を受けて、大洗の現在地に移転した。五万三千坪の寺内に堂塔伽藍をはじめ、八つの坊舎も建った。しかし、元治元(一八六四)年、水戸藩の幕末の争乱で焼失、久米村に移り、明治九(一八六七)年になって現在地に戻り、昭和三十七(一九六二)年、本堂を再建した。入口四脚門には葵紋が描かれている。

 本尊は阿弥陀如来立像で、県指定文化財。この御本尊を信仰し、南無阿弥陀仏を唱えることによって、人々は救われる。県指定の「親鸞聖人真向の御影」は室町時代の作といわれ、黒染めの法衣と袈裟をまとい、両手に数珠を持ち、参拝者に幸福をもたらしている。香合、唯信鈔断片蓮如消息(ゆいしんしょうだんぺんれんにょしょうそく)、漆椀など県指定文化財、また、水戸光圀寄進の如信上人坐像が安置されている。
「親鸞聖人高弟二十四輩原本」は町指定で親鸞の血脈、法脈を知るのに重要な書。ほかに光圀の「三百石寄進状」や手紙が保存され光圀との関係の深さが分かる。

 境内にある梵鐘は東洋一、鐘楼の建設がまたれている。門前近くには「守り刀万助」の小堂があり、信仰されている。刀を持たず仇討ちされた万助に同情して、地域の人々が建立したもので、どんな願いでも叶い、お礼に刀を奉納するしきたりがある。なお、十返舎一九は『金草鞋』に願入寺を登場させている。

 そのほか、磯節の父、竹楽坊ちくらくぼうの碑、光圀創設の者楽亭しゃらくてい跡、斉昭設定の水戸八景の一つ「岩船夕照(いわふねのせきしょう)」の碑があり、そこからの眺めは今でもすばらしい。

境内にある梵鐘は東洋一
「守り刀万助」小堂。お礼に刀を奉納する

         
入口四脚門には葵紋が描かれている




 四脚門
薬王院 (水戸市)(005)    六地蔵寺 (水戸市)(007)