徳一が歩く   西光寺(47)                                    (財)茨城県郷土文化振興財団

木造薬師如来坐像(国重文


        
筑波山寺の徳一大師開基と記録

 最近、私の事を評価したのか、筑波大学の先生が土浦市の生涯学習講座でお話されたとか、感謝しております。
 今回は常陸太田市の下利員へ来ました。西光寺は真言宗の寺ですが、本堂がありません。「上利員、鏡徳寺末、田谷山醫王寺西光院」で、寛文3年(1663)の水戸藩「開基帳」に、行基菩薩の名も見え、筑波山寺の徳一大師開基とあります。堂宇の建立は仁安元年(1167)で、途中で西光寺に寺号が変わったようです。
 本尊で国指定重要文化財の木造薬師如来坐像の収蔵庫と、県指定文化財の木造仁王像2体が安置されている仁王門があります。とにかく私の開基とあるので、寺博士はよかったですねと言っています。
 明治時代は無住で、大正12年(1923)の火災で仁王門を残して全焼しました。幸い薬師如来坐像は、村の人たちによって運び出されたそうです。その時、光背の一部と、仁王像の手首が焼損しました。平成17、18年の2年間、奈良の美術館修理所で表面の剥落(はくらく)止めをした時の記録があります。それを、寺博士が紹介します。
 像高は143.7㌢、材質はカヤ、寄木造、彫眼(ちょうがん)、漆箔(うるしはく)ですが、箔は剥落していました。光背(こうはい)、台座は古色です。本体は頭部、体部を通して正面、背面各一材から作り、膝前も横木一材剥ぎ付けです。
 茨城県立歴史館の解説では、関東定朝様(じょうちょうよう)彫刻の作風と考えられ、平安時代後期の作ではないかといいます
 光背は中央最上部に大日如来を配置し、左に六駆、右に五駆配しています。台座は九重の蓮華座です。
 仁王像は県の文化財で、阿形像が236㌢、ケヤキ材、吽うん形像は231㌢、カツラ材で室町後半の作といいます。平成17年(2005)に東北芸術工科大学研究センターで修理、享保2年(1717)の修理札がありました。

【メモ】
西光寺 
〒313-0106
茨城県常陸太田市下利員町957(下利員区管理)
▼宗派 真言宗
▼収蔵文化財瀑冷の日(10月)
 電話0294-72-3111(常陸太田市教育委員会)

仁王像は県の文化財
 

 
西光寺山門
 
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