徳一が歩く   妙光寺(46)                                    (財)茨城県郷土文化振興財団



本堂脇の鐘楼には江戸中期の梵鐘


欄間には龍と唐獅子の彫刻がある

    草庵を建て「厭郷院」と名づける
 ⑥妙光寺(福島県いわき市)
草庵を建て「厭郷院」と名づける

 今日も寺博士と、いわき市を歩いています。妙光寺も臨済宗の妙心寺派です。名高い僧侶が訪れたのでしょうね。とにかく、妙心寺派の寺が軒並みあります。その前に「大同2年(807)僧侶徳一はこの地に草庵を建て、厭郷院と名づけた」とあります。それから後、私の名は出てきません。
 臨済宗は中国禅宗の中の南宗禅の系統に属しています。栄西が入宋してから日本の僧侶が入宋、中国人僧侶が来日、この臨済宗が発展しました。臨済宗には師が弟子に課題を与え解答をとおして悟らせるそうです。私は中国に行かなかったので、箔がつかなかったでしょうか。後は、寺博士の調べたことに、耳を傾けます。
 康永年間(1342~44)、京都南禅寺の平田慈均禅師がこのあたりを布教、廃れていた本寺を再興したということです。天和元年(1681)に林城の禅長寺派に入り、妙心寺派になったということです。
 現在の本堂は宝暦12年(1762)建立と寺博士が話していました。この本堂の正面の欄間には龍と唐獅子の彫刻があり、目立っています。また左右の板襖の内側には龍と波、竹梅に虎というような動きのある絵になっています。その裏には、狩野派葉軒末流益長賀と銘のある「深山幽谷の絵」を見ました。
 軒下を見ていた寺博士は、明和3年(1766)の半鐘に気がつきました。本堂の前には鐘楼があり、梵鐘には「釈迦堂鐘銘延宝甲寅年」と刻まれていて、延宝2年(1674)のものと分かります。
 本尊は像高50㌢の釈迦牟尼仏坐像です。広い須彌壇の上には聖観音菩薩坐像、垂下(すいか)様式の釈迦牟尼如来坐像などが安置されています。本堂の裏手には、古い堂宇があります。崩壊寸前ですが、天井に書かれた鳳凰は、もったいないと、寺博士は言いました。「厨子もいいね」と二人で話しました。朽ちるのも歴史です。

  【メモ】
可玉山妙光寺
〒972-0164
福島県いわき市遠野町深山田字寺ノ代116
電話0246-89-3172
▼宗派 臨済宗妙心寺派 
▼本尊 釈迦牟尼仏
▼いわき七福神 毘沙門天

 
説明版説明版には「僧侶徳一像」とあった

 
東堂山祈願所
 
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