
樹叢に朱塗りが映える波立薬師堂

薬師堂とは別棟の本堂の内部 |
天竺渡来の阿弥陀如来を安置し創建
福島県の海沿いを歩いています。6号国道を北上、トンネルを越えると、右側に海が広がり、左側に薬師堂が見えました。
私は山を中心に寺を創建したと思っていましたが、意外な所に私の足跡がありました。
波立と書いて「はったち」と読み(「はりゅう」とも)、珍しく臨済宗妙心寺派で、薬師如来が本尊です。医王山といい、私が大同元年(806)に天竺渡来の阿弥陀如来を安置し創建し、薬師如来は海中から出現したといいます。
一般には波立薬師として有名で、福島浜街道十二薬師霊場第7番で、巡礼しているそうです。私が唱えたという「オンコロコロセンダリマトウギソワカ」と唱え言葉が書かれています。
この薬師如来は、御利益が多いのに驚くとともに、その基を築いた私は、やはり皆から慕われているのだと嬉しくなりました。
寺博士は、その御利益を数えていました。祈祷札が家内安全、商売繁盛、海上安全、大漁満足、15歳開運出世など20もあったと驚いていました。
東日本大震災以後、海岸の弁天岩への橋と道は遮断されています。寺博士は行ってみたかったようでしたが、波打ち際から眺めていました。ここには七福神の石像も安置されています。
このお寺の裏から海岸は波立海岸の樹叢として福島県の天然記念物に指定されています。大同元年の私は、体が幾つあったのか、寺博士が計算しています。
この裏の山を波立山といい、薬師堂はその北麓にあるそうです。ここの樹木は、クロマツ、シイ、タブ、モチノキ、ヤブツバキなどが主の照葉樹林で、アジサイは1000株が咲き、見事だそうです。その季節に一度行きたいと寺博士に話しました。仁王門は文明年間(1830~)に磐城平城主が建立しました。
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